スクラッチ名刺とは

スクラッチ名刺とは、名刺の一部に指で削れるスクラッチ個所を加えることで、お客さまやお取引先さまに忘れられるリスクを最大限減らします。

メリット

  1. 名刺交換した相手に対して、ほぼ100%覚えてもらえる。
    [1週間後の記憶率7%。296/300(実数)
     調査方法・・・名刺交換後、4営業日以降6営業日以内に電話にて確認。
     調査員・・・高野拓郎]
  2. 特典をつけることで、名刺所持率が高まり、渡した相手が自社の社外営業マンになってくれる。
  3. 紹介によって副収入を得られる(名刺交換した人から、弊社に対し、注文があった場合)
  4. 初対面による緊張を緩和できる。
  5. 営業社員が辞めにくくなる。(成果が上がるため)

デメリット

  1. 厳粛な場では使えない。
  2. 公務員の方に対するウケは、いまいち。(21人中4名が不快な顔。トランプコミュニケーション調べ)
スクラッチ名刺の渡し方

基本編 

  1.  3~4枚スクラッチ名刺を用意し、「スクラッチ付きの特殊な名刺ですので、お選びください」
  2.  その場で削ってもらう(コインだけではなく、指でも削れます)
  3.  よもやま話をする。

応用編 

  1.  3~4枚スクラッチ名刺を用意し、「スクラッチ付きの特殊な名刺ですので、お選びください」
  2.  「削るのは、後ほどお願いします。」
  3.  翌日以降、電話かメールでスクラッチの中身を尋ねる。


裏ワザ編 
劇薬のため、ご購入の方のみにお伝えします。

スクラッチ名刺開発秘話

時は2006年。
私は個人事業主として、S社携帯電話の法人営業をしていました。
当時の通信業界は、荒れていて、飛び込み営業をしても門前払いがほとんどで、なかなか思うような成果を上げられずにいました。
何とか、相手から簡単に覚えてもらえて、距離を縮めることができる良い方法はないかと、常に模索していました。しばらくして、私は、門前払いを受けても必ず相手先に残すことができる媒体として、名刺に目を付けます。写真、QRコード、似顔絵、肩書、色etc.さまざまなこと試行錯誤しましたが、革命的な変化は得られず、アイデアは暗礁に乗り上げます。

年が明け、2007年1月、財布を買いに名古屋駅前をブラブラと歩いていると、名鉄入り口付近でスクラッチ宝くじのチラシ配りを行っていました。ティッシュほしさに手に入れたチラシを見て・・・
「スクラッチを削っておみくじのような形の名刺にしたら面白いのではないか?」
と瞬時にひらめきました。ひらめいたものの、どうやって作ればいいかわからない・・・。
いつもの名刺業者にお願いするも、返事は「NO.」

仕方なく、中区、中村区の業者に片っ端から見積もりを取ることに…。
ようやく見つけた3社、一番安いところで、当時31,000円/100枚!

試さずにお蔵入りさせるのは我慢でいない性格が災いして、泣きながら購入。
半信半疑で使い始めるも、初日から変化が現れます。

お客さま「これ、面白いね、自分で考えたの?」
私「はい、結構手間がかかりましたが・・・」
お客さま「う~ん・・・これは目立つわ。」


別の会社では、名刺交換後、社長さんがいきなり腕組み。
私「どうされました?」
お客さま「・・・いくら?これ。」
私「はい?」
お客さま「うちの営業にも持たせようと思って。」

スクラッチ名刺を活用するようになって、お客さまに覚えてもらえることはもちろん、「スクラッチ営業マン」という肩書きを手に入れたことで、お客さまからの紹介の量も増えました。
こうして、他社の「のっぺらぼう営業マン」との差別化を図ることができました。

余談ですが、当時一番返答に窮した質問は、
「これ、大吉ばかりなんでしょ?」(当時のスクラッチの中身は大吉だけでした。高くつくので・・・笑)
「いやいや、ちゃんと吉も小吉もありますよ!」と苦しい言い訳で凌いだ日々が懐かしいです。
(今は、中身を低コストで多様化することが実現できるようになりました。)


その後、会社を創業。
セミナーや会合など名刺を交換する機会が一気に増加しました。

商品化のきっかけは、私のブログです。
会社創業の際に名刺の写真を載せたところ、二名の方から問い合わせが・・・
「セミナーや会合に出席する機会が多いので、目立つ名刺を探しています。いくらで作れますか?」
「美容院へ機材を卸す営業をやっています。面白い営業と思われたいから、活用したい。」

後者は価格で折り合いがつかず、破談となりましたが、前者は、200枚の注文。(当時の価格は、17,100円/100枚)
金額も詳細もない状態で問い合わせがあり、しかも売れてしまったことに私は驚きました。
2009年4月、無事商標登録完了。
商品「スクラッチ名刺」が産声を挙げた瞬間でした。